
米国によるイランへの軍事行動の背景として、石油取引における「ドル決済システム(ペトロドラー)」と、それを脅かす中国の「人民元決済」の動きが注目されています。
米国の国益と「ドル・石油決済システム」の維持
米国にとっての真の国益の一つは、世界中の石油取引が米ドルを介して行われる「ドル体制」の維持にあります。世界秩序の基盤は、第二次世界大戦後のドルによる決済制度に支えられています。過去の紛争の共通点:歴史的に、この「ドル~石油」のシステムに挑戦しようとした指導者は、米国の軍事介入を受ける傾向があると指摘されています。
1.イラク戦争: 2003年3月20日。背景: 米英軍によるバグダッド空爆から開始されました。サダム・フセイン政権が石油決済通貨をドルからユーロへ切り替える決定をした数年後の出来事でした。サダム・フセインが決済通貨をユーロに変えようとした。
2.リビア戦争: 2011年3月19日、「アラブの春」に伴う内戦に乗じる形で、フランス、イギリス、アメリカを中心とするNATO軍が空爆を開始しました。カダフィ大佐がアフリカ独自の金裏付け通貨(ゴールド・ディナール)による石油決済を構想していたことが、介入の真の理由の一つとして議論されています。カダフィがアフリカ独自の通貨システムを構築し、ドルを排除しようとした。
3.シリア戦争: 2014年9月22日、米国主導の有志連合による空爆が開始されました。 シリアは、イランからイラクを経由して欧州へ至る「イスラム・パイプライン(ドルを介さないエネルギー供給網)」の要所とされており、カタールやサウジアラビアが主導するドル決済ベースのパイプライン計画と対立していました。
これらの紛争は、いずれも米国の通貨覇権やエネルギー戦略に影響を及ぼすタイミングで軍事行動が具体化している点が特徴的です。
中国による「脱ドル」と人民元決済の推進
現在、覇権国家である米国に対し、中国は長期戦略に基づいてその影響力を拡大させています。中国の産油国へのアプローチとして、サウジアラビアのアラムコ上場に際して大株主の名乗りを上げ、その条件として「将来的な人民元での決済」を提示しています。さらにイランは中国向け原油の、ドルから人民元決済を実行中です。
「脱ドル」の広がり:BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)を中心に、ドルに依存しない金融秩序を模索する動き(脱ドル化)が静かに広がっており、中国もその戦略の一環として人民元決済を推進してきました。もちろん、この流れは1月のベネズエラ電撃作戦とも大きく関連しています。
米国のイラン攻撃と地政学的文脈
2026年2月27日から3月にかけて行われた米国とイスラエルによるイランへの大規模攻撃は、表面的には軍事拠点の破壊や指導部の排除(斬首作戦)を目的としています。米国の軍事的威信の誇示は、ベネズエラやイランへの軍事行動を通じて、圧倒的な軍事力を世界に改めて示しました。この軍事的威圧の背景には、上述のような「金融秩序の変化(脱ドル)」に対する米国の危機感があり、ドルの信用と価値を守るためでもあります。
米国のイラン攻撃は、単なる軍事的な対立だけでなく、「石油はドルで買う」という世界経済の根本ルールを守ろうとする米国と、人民元を普及させてドルの覇権を切り崩そうとする中国の、金融・経済的な主導権争いが深く関わっていると言えます。
イランへの攻撃と中国に及ぼす影響
中国に及ぼす影響として、エネルギー安全保障、経済的コスト、そして「ペトロ人民元(石油人民元)」の戦略という3つの観点から極めて深刻です。中国にとって、イランは主要な石油供給源であり、米国による攻撃は中国のエネルギー安全保障を根底から揺さぶっています。中国はイラン産原油の約90%を買い取っており、イランのインフラ破壊は中国への供給を直接停止させます。
輸入コストの増大も確実です。イラン産原油は国際社会の制裁下にあるため、中国はこれまで1バレルあたり$10〜$14程度の割引価格で調達できていました。これが断たれることで、中国の輸入コストは1日あたり数千万ドル規模で増加すると試算されています。
ホルムズ海峡の封鎖も中国にとって大きなリスクです。世界の石油の約5分の1が通過するホルムズ海峡が軍事衝突で封鎖された場合、中国の海路によるエネルギー供給ラインが完全に麻痺します。
中国は「ドルを介さない石油決済(人民元決済)」を推進してきましたが、今回の衝突はその戦略に二面性の影響を与えています。先ず戦略的後退は避けられないでしょう。人民元決済のパートナーであるイランが軍事的に無力化されることは、中国が構築してきた「脱ドル圏」の重要な拠点を失うことを意味します。
懸念されることは中国の「脱ドル」への執念の強化です。米国がドル覇権を守るために軍事力を行使する姿を目の当たりにした中国は、自国の資産がドル決済網(SWIFTなど)を通じて凍結・監視されるリスクを再認識し、デジタル人民元や代替決済システムの構築をさらに加速させる可能性があります。
経済への広範なダメージと中国の対米戦略
世界的なインフレ圧力も避けられないでしょう。原油価格の高騰は、中国の広大な製造業のコストを押し上げ、世界的なインフレを招きます。これは中国国内の景気減速を招くだけでなく、輸出製品の競争力にも影響します。世界の供給網(サプライチェーン)の混乱も懸念されます。中東情勢の不安定化は、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の西側ルートに不透明感をもたらします。
中国政府は、今回の米国の行動を「自国のエネルギー供給を標的にした封じ込め策」と捉える傾向があります。中国は現在、約120日分(4〜5ヶ月分)の戦略石油備蓄を保有しているとされ、短期的にはこれで凌ぐ構えですが、長期化すればロシアなどからの輸入拡大への依存を強めることになると思われます。
今回の事態は、単なる中東の紛争ではなく、「米国のドル覇権維持」vs「中国の多極化・人民元経済圏の拡大」という、21世紀最大の地政学的な衝突が実力行使の段階に入ったことを示唆しています。
中国がこのエネルギー危機を乗り切るために、ロシアやサウジアラビアとの連携を再構築できるのか。あるいは再生可能エネルギーへの転換をどう加速させるかなど、具体的な対応策について注目されます。

