「バルバリ海賊」から現代の「ホルムズ海峡」へ

バルバリ海賊と戦う米海軍

自由の航路を守る「不屈の精神」

かつて、建国間もない若きアメリカ合衆国を揺るがした未曾有の危機がありました。北アフリカを拠点に地中海を荒らし回った「バルバリ海賊」による商船の略奪と、航行の安全を人質に取った「朝貢金(かじめ料)」の要求です。そして2026年現在、私たちは再び、中東の要衝ホルムズ海峡を「私物化」しようとするイランの脅威を前に、歴史のデジャヴを目撃しています。

トランプ大統領がイランに対して突きつけている強硬な姿勢、そして「自由な通行を金で買うことはしない」という鉄の意志。そこには、200年以上前から変わることのない、アメリカの「自由貿易の守護者」としてのアイデンティティが脈々と流れています。

屈辱を拒絶した「ジェファーソンの決断」

18世紀末、当時の大国であったイギリスやフランスでさえ、バルバリ海賊に多額の貢納金を支払うことで一時的な平和を「買って」いました。しかし、第3代大統領トーマス・ジェファーソンは違いました。彼は、国家予算の2割に迫る貢納金を支払い続けることは、自由国家としての誇りを捨てるだけでなく、結果としてさらなる暴挙を招くだけだと看破したのです。

「防衛に数百万ドルを、朝貢には一銭も出さず」。この不屈のスローガンのもと、生まれたばかりのアメリカ海軍は地中海へと派遣されました。1805年、わずか8名の海兵隊員が砂漠を越え、トリポリの要塞を陥落させた「ダーネの戦い」は、アメリカが初めて海外で星条旗を掲げ、実力行使によって自由な通商路をもぎ取った瞬間でした。

現代の「海賊(イラン)」とトランプの戦略

翻って、2026年の今日。イランはホルムズ海峡の「法的支配権」を主張し、通行料の徴収を画策しています。これはまさに21世紀版のバルバリ海賊による恐喝に他なりません。世界の石油の25%が通過する大動脈を、一国家の「私物」として扱うことは、近代資本主義と自由貿易の前提そのものを破壊する行為です。

これに対し、トランプ大統領は「15項目の要求リスト」を突きつけ、圧倒的な軍事的圧力を背景に一歩も引かない姿勢を見せています。

対話より実力:「ハリボテの虎」と揶揄されるイランの軍事力に対し、第82空挺師団や強襲揚陸艦「トリポリ」を派遣するスピード感は、かつてのジェファーソンの決断を彷彿とさせます。

有和政策の終焉:過去の政権が行ってきた有和政策が、結果としてイランの核開発やテロ支援を増長させたと批判し、「力による平和(Peace through Strength)」へと舵を切ったのです。

トランプが貫く「アメリカ精神」とは

アメリカにとって「自由貿易」とは、単なる経済的利益を指す言葉ではありません。それは、どの国も、どの勢力も、公海という「人類共通の資産」を不当に閉ざしてはならないという倫理的信条です。

トランプ大統領が同盟国に対し、「海峡の安全を守るために応分の負担をせよ」と厳しく迫るのも、その根底には「自由を守るには代償が必要であり、それを拒む者に自由の果実を享受する資格はない」という過酷なまでの現実主義があります。これはバルバリ海賊の時代から続く、「自由を金で買わない。自由は力で守り抜くものだ」というアメリカ建国の精神の再燃なのです。

歴史が教える唯一の答え

バルバリ海賊は、アメリカが徹底的な武力行使によって「二度とアメリカの船を襲っても無駄だ」と分からせたことで、ようやくその脅威を消滅させました。

現在のホルムズ海峡情勢も、同じ局面を迎えています。イランが突きつける「通行料」や「法的支配」という名の不当な要求に1ミリでも妥協すれば、それは世界中の独裁国家に対し、「重要インフラを人質に取ればアメリカから譲歩を引き出せる」という最悪の学習効果を与えてしまいます。

トランプ大統領が演じているのは、単なる「強いアメリカ」の演出ではありません。200年前に地中海で示された「自由貿易の守護者」というアメリカの原点を、再び世界に刻み込もうとしているのです。歴史は繰り返されますが、その結末を決めるのは、常に「譲れない一線」を守り抜く意志の強さなのです。

国際社会では、議論することが「正義」とされる傾向があります。しかし、現実には「独裁国家」や「ならず者国家」の存在も否定できません。国際ルールを無視して、違法行為や犯罪活動を行う国も少なからずあります。日本のメディアの多くは、トランプ大統領のイランに対する対応を批判しています。それでもトランプ氏は、自らの信念に従って行動し続けるでしょう。前々回記事「力のない正義は悪に対して無力」という考え方は、彼には当てはまらないようです。

Shudo Shukumine

祝嶺修道 mail: [seiken.shukumine@gmail.com]
玄制流空手・躰道創始者祝嶺春範(制献/正献)、和子の長男として誕生。出版関係及び警備会社教育係の仕事に従事し、その傍ら長年躰道新報の編集長を兼務する。2001年、父春範亡き後、伊東市に居を移し、この地を拠点に研究、執筆活動を始める。2006年、玄制流空手道の代表に就任し今日に至る。

Author: mail: [seiken.shukumine@gmail.com]
Shudo Shukumine was born as the eldest son of Shukumine Harunori (Seiken), the founder of Gensei-ryu Karate and Taido, and his wife Kazuko. He was involved in publishing and worked as an education officer for a security company, while also serving as the editor-in-chief of the Taido Shinpo for many years. In 2001, after the death of his father Shunpan, he moved to Ito City and began research and writing activities based there. In 2006, he became the representative of Gensei-ryu Karate, a position he holds to this day.

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